「
これまで その27」の続き
私は机を挟んでKの真正面に座っていた。
机の上には破壊されたKの携帯電話が転がっていた。
その無機質な機械の残骸は、我々の状況をとてもリアルに表現している何かのようにも見えた。
Kの妻が去り、しばし室内を沈黙が支配した後、私はKに話し始めた。
「以前3人で会った時に、二度と連絡を取らないと約束しましたよね。でもあなたはその約束を破った。約束したその日にもうメールで連絡を取りあっていたのも知っています。あなたにとって、この約束にどの程度の重みがあったかは知りませんし今更興味ないです。あなたのような嘘をつく人間の考えることなど、どうでもいいです。
ただ、私はこれ以上あなたに迷惑をかけられるのは我慢できません。それは絶対に受け入れません。
あなたと私の妻との浮気によって、私は今後どう生きていくかを根本的に考え直さなければならなくなりました。妻はこれで正式に今の職を辞することになるでしょう。もちろん本人の意思次第ですが、こうなってしまった以上、今の仕事を続けることは私が許しません。ほぼ間違いなく妻のキャリアはここで終了です。
嘘さえ付かなければ私が奥様に話をするつもりがなかったことは、わかっていると思います。しかし結局、今日このように4人で会うことになったのは、嘘付きのあなた相手では話が通じないからです。
言うまでもなく、全てはあなたが約束を守らなかったからです。
わかっていると思いますが、今後も連絡を取ることは絶対に許しません。
もし再び約束を破ったら、出来る限りあらゆる手段で追及し、罪を償ってもらいます。
私は自分の人生を取り戻すのに忙しいです。あなたに乱された人生を立て直すのに集中しなければいけません。
逆の言い方をすれば、約束さえ守れば、あなたの邪魔をするつもりはありません。
私はあなたに興味はありません。
例えばあなたが奥様との復縁を望み、行動されるならご自由にどうぞ。私はそれについて、何らかの邪魔立てをするつもりなど、さらさらありません。
私はそれほどヒマではありません。
あなたごときの人間が、どこで何をしようが、私の知ったことではないです。」
だいたい、そういった内容の話を私はKに伝えた。
Kはずっと黙って聞いていた。
昨夜から様々なことが起こり、多少放心したような感じではあったが、それでも私の話をきちんと聞いていることは分かった。
最後に私はKに、「今、私が話したこと、わかりましたか?」と確認した。
Kはうなずいた。私は続けた。
「では話は終わりです。部屋から出て行ってください。私は妻と二人で話すことがあります。」
Kは立ちあがり、壊れた携帯を掴み、うなだれたまま部屋を出て行った。
部屋には、私と元妻の二人きりとなった。
私は元妻に、二度とKと連絡を取らないこと、もし向こうから連絡がきたらすぐ私に知らせることを求めた。元妻はそうする、と約束した。
私はKと元妻を、まだ信頼していなかった。また連絡をとる可能性はあると考えていた。そして、もしそうなったら、
たぶん私は離婚するだろうな、
と思った。
もう、その感性に付いていけない。そんな人間と一生を共にする気にはなれない。
しかし一方で、Kへ現状を認識させることには成功したとの実感もあった。
少なからず、これでKの残影を消し、我々夫婦間の問題のみに集中して取り組めるだろうとの手ごたえがあった。
私と元妻はカラオケ店を後にした。
駅まで歩いている最中に、私は猛烈な胃痛に襲われた。
Kと会うという、極度のストレスで胃が耐えられなかったのだ。実際に会っている最中は緊張感で痛みを感じなかったのだろう。それから解放された途端に私の胃は強く痛みだした。
私は近くの薬局にかけこみ、速効性のある胃薬を買って服用した。
薬によって多少マシにはなったが、家に辿り着くまで胃は痛んだ。
胃にダメージはあったものの、私はK夫婦に会って、伝えたいこと、やりたいことを達成できた。
これで具体的に進むべき道について、前向きに考えることができるだろう。そう思っていた。
しかしこの日から、
ほんの少しずつ、
そして確実に、
私は無気力の泥沼ヘと入り込んで行った。
「その29」へ続く
予告:2/4(土)にアップします。